幹事長インタビュー

image2(早稲田キャンパスにて)

2015年度前期幹事長を務める吉原優会員にインタビューを行いました。インタビュアーは報道幹事です。

Q1 吉原幹事長の生い立ちをお聞かせください。

 1994年5月に兵庫県神戸市中央区にて生を受け、1995年1月の阪神大震災を、生後7か月で経験しました。その後関西方面を転々としましたが、3歳の頃に父の転勤で千葉県千葉市に移り住み、大学2年まで17年間、千葉の長閑な田舎町で生活しました。中学からは千葉県内の市川学園に進学し、中高6年間、あまり変わり映えのしない顔に囲まれて勉強をしました。そのせいか、「お母さん」のキャラが定着し、6年の間周囲の面倒ばかり見ていた記憶があります。そんな市川学園時代、中学3年の時だったかと記憶していますが、ちば中学生県議会という県議会の催しに呼ばれたことが、私自身の転機だったと思います。その出来事以降、次第に政治に興味を持つようになり、自然と早稲田大学に引き寄せられ、最終的には法学部に進学するに至りました。

Q2 雄弁会に入った理由と雄弁会の良さについて教えてください。

 雄弁会の存在を最初に知ったのは、高校3年の時の担任に「早稲田に進学したい」「政治に興味がある」と話したら「なら雄弁会だね」と言われた時でした。それが高校3年の9月だったかと思いますが、それ以来、早稲田+政治=雄弁会という方程式が頭にこびりついてはなれず、入学した4月には、気が付いたら雄弁会の門を叩いていました。そこでまず驚いたのは、先輩方の圧倒的な知識量と、それを語る弁舌の滑らかさでした。私自身、口が減らないという自覚は昔からありましたが、なにかを語る時にそれを意識的に論理立てる、などといった高等技術はもちろん身につける機会など当然ありませんでしたから、本当に驚きました。さらに、なにかを社会に対して訴える時、そこには必ず自分自身の「情熱」がある、という点にも大きな魅力を感じました。ここは技術を学ぶところではなく、あくまでもその「情熱」を訴えんとする時に技術がついてくるのだと、そう先輩が言っていたのを今でも覚えています。ここにいることは絶対に自分自身の成長に繋がるだろう、そう思い、入会を決めました。余談ですが、上記の担任に「雄弁会の幹事長になりました」と報告したら、たいそう驚いていました。そもそも、私がまさか本当に入会するとは思っていなかったらしいです。

Q3 どのような雄弁会にしたいか、意気込みとあわせて教えてください。

 かつて、雄弁会は「政治家養成サークル」と揶揄されました。確かに、雄弁会を巣立たれた先輩方の中には、ご高名な政治家の方が何人もいらっしゃいます。しかし、我々は「政治家になるため」に活動している訳ではありません。「社会に対して訴えたい」ことを常に胸裏に抱いているからこそ、それを訴え、そして自らの理想を実現する道として「政治家」という一つの選択肢を選んでいくに過ぎないのです。

 新入生を迎える今期、私自身は、そして私の意志を理解してくれている2年生たちは、新入生のそのような「情熱」を見つけ出さんとの熱意を抱いています。そして、その「情熱」が決して独りよがりのものとはならないよう、私たち自身も広く社会に目を向けていかなければならないと、そのような自戒もまた抱いています。これらが合わさり、その相乗効果によって、より洗練された「情熱」が生み出されること。それが私の目指す雄弁会のあるべき姿です。

 栄えある伝統の永続と発展。雄弁会にはその2つの至上命題があると私は考えます。では、永続とはなんでしょうか。永続とは、古く受け継がれてきた、この「雄弁」という「情熱」の発露を受け継いでいくことです。では、発展とはなんでしょうか。発展とは、その発露の色を、形を、会員の数だけ、社会の変遷だけ、重ねていくことです。今、この瞬間、再び雄弁会は「黎明」を迎えています。その矜持を持って、私自身がはじまりの舵を切らんと考えています。

Q4 それでは、最後に一言お願いします。

 「黎明」の時を、はじまりを迎えているのは、雄弁会だけではありません。新入生のみなさんもまた、もっと貴重なはじまりの時を迎えているはずです。これから4年間、なにを目指して進んでいけばいいのか。これから一生を、どんな風に生きていけばいいのか。断言しましょう。その標はきっとここで見つかります。時に迷い、時に挫けそうになりながら、それでも私たちはここで見つけた「情熱」を思い出すことができるのです。これこそが、標です。

 もしこれを読まれ、少しでも雄弁会に興味を持って頂けたなら、ひとまず雄弁会の門を叩いてみることをお勧めします。そして、議論をしましょう。そうすれば、あなたの中で隠れていた「情熱」が目を覚ますことでしょう。

 「黎明」の時。もう、夜闇を照らし道標となってくれていた星たちは見えません。だからこそ、自らで道を決めなければならないのです。そんな今、あなたは、その標を、どこで見つけようと思うのでしょうか?

以上です。ありがとうございました。

(文責:高橋)

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